都市のコスモロジー―日・米・欧都市比較 (講談社現代新書)
オギュスタン ベルク講談社
序章では、自動車を製造するように作られた近代的な都市思想は「都市性」を生み出す事が出来ず、ロサンゼルスの暴動から上海の公害に至るまでの都市における危機的状況に要因となったと述べ、都市計画に問題提起をしている。
第1章では、フランスで最も古い歴史を持つといわれるユリアヌスの浴場と20年ごとに敷地を変え全く同じ形に建て返られる伊勢神宮を事例に挙げ、ヨーロッパの都市は「時間における物質的永続」に執着し、日本では「空間における形の表徴的永続」にこだわると述べている。
第2章では、丘の傾斜に出来たウルビノの町と無鄰菴(京都)の借景を例に、西洋都市が「外部→内部」の視線を前提としているのに対し、日本や米国や近代都市計画は「内部→外部」の視線を前提としていると述べ、後者は都市の断片化を引き起こしたとしている。
第3章では、現代都市と歴史都市を比較している。20世紀の都市に欠けているのは創設者を前提とする呪術的・宗教的・政治的な共同体的概念であるとし、都市形成とは外界との境界を明確にする作業であるとしている。
第4章では、ユートピア的な近代都市計画(機能主義)の時代からポストモダンの時代に入り、場所の意味と都市全体の意味を考えるようになり、都市性が回復に向かっているとしている。
結びでは、各章の内容を整理した上で、今後の都市を考えるには、「場所性」「都市性」「風土性」をよく理解することが必要である事を述べて結論としている。
著者の言う「都市性」とは、表象と現存の関係性のことである。例えば、神田川と聞くと南こうせつの曲から喚起される<表象>的なイメージがある一方で、オフィスビルが建ち並ぶといったといった<現存>的イメージがあり、都市とはそういった要素が絡みあっている。表象と現存の調和が「都市性」を生み出すとしている。本書以前の都市論では、表象(人文科学系)と現存(自然科学系)の研究の間には断絶があった。この両者を対等に評価し都市を論じた意義は大きい。
幻想の地誌学―空想旅行文学渉猟 (ちくま学芸文庫)
谷川 渥筑摩書房
空間の経験―身体から都市へ (ちくま学芸文庫)
イーフー トゥアン筑摩書房
そしておそらくこのことは、著者自身によって強く意識されているであろうことは、疑いのないことのように思われる。以下、それを裏付けるために、序論から少し引用してみよう。
「われわれ人間は、精神、思考、感情の状態を知ることができるという特権をもっている。われわれは、人間に関する様ざまな事実を内側から見ることができるのであり、また、われわれが内側から見ることができるのは、人間に関する諸事実だけなのである」
以上の箇所は、自然科学的な学問の手法との対比において述べられているということを、申し添えておきたい。
もう一点、重要な特徴を挙げるとするならば、やはりこの本が膨大な文献の上に成り立っている点を強調しておかなくてはならないだろう。トゥアンは、心理学、文化人類学を中心として、哲学や社会科学系の人文科学全般から引用するのみならず、小説、詩、エッセイなどの描写を幅広く分析している。前者の学問的書物の引用においては、概ね理論の基礎付けがなされ、さらに文学的作品群の分析においては、経験という概念によって、空間や場所と人間の関係を検討する手法の実演をしてみせる。
おそらくトゥアンは、地理学の分野のみならず、この書物が経験という概念とともに、人文諸科学全体にわたって強い影響を及ぼすということを、自ら予測していたに違いない。それはこの本の最初と最後で繰り返して、自然科学と人文科学の差異、人文科学の存在意義を強調している点から伺うことができるのである。
新しい高校地学の教科書―現代人のための高校理科 (ブルーバックス)
杵島 正洋講談社
よくある軽い科学啓蒙書とは一線を画し,非常に真面目な内容を扱っている点はさすがブルーバックスというところ。節末ではなく,冒頭に簡単な設問を置く構成は,読者に自然と目的意識を持って文章を読み進めさせる効果あり。やや知識問偏重という傾向がちょっと残念。もう少し説明問題を含めた方が,中だるみせず変化をつけられたかもしれない。現代人のための高校理科シリーズはその他『新しい高校物理の教科書―現代人のための高校理科 (ブルーバックス),新しい高校化学の教科書,新しい高校生物の教科書 (ブルーバックス)(講談社)』の全4巻あるが,「地学」という科目の性格上,本書が最も万人ウケする内容に仕上がっている。
本書で気象・宇宙分野に興味をもったら,『謎解き・海洋と大気の物理―地球規模でおきる「流れ」のしくみ (ブルーバックス)(講談社)』や『暗黒宇宙の謎 (ブルーバックス)(講談社)』等も読んでみるとよい。